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2.どんな救出方法があるのか
危険なカルトから人を救出するためには、幾つかの方法があります。まず、家族が独自で説得することです。様々な情報を集めて、本人に与え、考えさせるのです。最も自然な救出方法ですが、かなり勉強する必要があります。また、自由に組織の集会に出入りしたり、先輩の信者に相談したりできる状況だと、本人が自分で真剣に考えないで、ただ組織から聞いたことをおうむ返しに言うだけで終わってしまう可能性が大いにあります。勿論、この方法で目覚める人もいますが、長期戦を覚悟した方が良いでしょう。
次の救出方法は、キリスト教の牧師を交えての話し合いの場を設けることです。月に何度か、話し合いを持ち、牧師に聖書の話や、ものみの塔の危険性・欺瞞性について話してもらう訳ですが、ここでまた、問題になるのは、本人がすぐに、長老に相談することです。更に、話し合いが数回、持てたとしても、恐らく長老がそれにストップをかけるでしょう。「危険です。やめておきましょう」と、「指示」を出すのです。
三つ目の救出方法は、本人と共に普通の日常生活から退き、またカルト教団との連絡を絶って、家族だけで専門家の集中講座を受けることです。家族や救出カウンセラーの都合がありますが、一週間から一カ月間、カウンセラーを交えての家族の学びや話し合いの時が持たれます。
3.救出の動機は何か
救出が成功するかどうかの大きなかぎは、家族がどのような動機で臨むかということです。ある家族は、自分たちの言うことを聞かなくなったから救い出したいとか、自分たちが迷惑しているから何とかしなければならないとか、宗教行事に参加してくれなくなったから組織から離れさせたいとか、世間体が悪いから救出しなければならないと思った、とかいううようなことを言われます。
しかし、救出の動機がそのような自分中心的なものであったなら、救出は成功しません。あくまでも、本人のことを第一に考えなければなりません。つまり、このままでは、本人が不幸になるから、本人のために何とかしなければならないということです。家族の救出の動機は、あくまでも、ご本人に対する愛に基づいていなければならないのです。
4.家族の反省・成長
家庭のトラブルの原因が、100パーセント、カルト信者にある、ということはあり得ません。必ず、家族の他のメンバーにも、反省すべきところがあるはずです。私は今まで、沢山の被害者家族の相談を受けてきました。皆さんは、エホバの証人等の問題で、本当に困っておられます。苦しんでおられます。しかし、話をよく聞いてみると、家族、特に、ご主人にも問題があるということが分かるのです。
多くの場合、若い主婦たちがものみの塔に走ってしまうのは、そこに自分が必要としているものがあるからです。つまり、ご主人から得られていないものを、組織に求めるのです。例えば、愛です。人間は誰でも、愛されたい、あるいは認められたいという強い願望を持っています。これは、人間が幸せになるために、どうしても満たされなければならない、根本的な必要ですが、多くの女性は、結婚していても、愛されているという実感がないのです。ご主人から、「愛しているよ」とか、「好きだよ」とか、「おまえのことを大切に思っているよ」という言葉をかけてもらっていません。ほめられることも、めったにありません。だからこそ、ものみの塔、あるいはエホバの証人に愛を求めるのです。
エホバの証人は、新しくグループに加わった人を、とても大事にします。愛情を注ぎます。いわゆる「ラブ・シャワー」です。何時間でも費やして、人の話や悩み事を聞いてあげるようにします。仕事で忙しいために、ご主人とゆっくり話ができない主婦にとっては、まさに一つの救いです。ですから、奥さんの救出のために、何としてでも、仕事を調整して、家族で話し合いをするための時間を作らなければなりません。
多くの主婦がものみの塔から求めている、もう一つのものは、心の支えになるような、人生の指針になるような知識や知恵です。人生とは何か、真理とは何か、宗教はどうあるべきか、世界はこれからどうなっていくのだろうか、などの疑問に対する答えを、多くの現代人は探しています。子育てについて自信がなく、悩んでいる女性も大勢います。言うまでもなく、このような疑問を抱くようになれば、普通
の女性はまず、自分の夫に相談します。しかし、夫が面倒臭さそうにしたり、「そんな難しいこと、分からん」と突っぱねたりすると、どうなるのでしょうか。奥さんは、真面
目な気持ちで相談に乗ってくれる人を探すのです。エホバの証人は喜んで、その役割を引き受けます。そして、多くの間違った情報、有害な情報を吹き込むのです。
私のところに相談に来られる方々に、私がまずお勧めするのは、勉強することです。家庭生活について、宗教について、そして聖書についてです。奥さんにただ信仰をやめさせれば良い、ということはありません。ものみの塔の教えは、間違ったものであるにせよ、奥さんの心の支えであり、生き甲斐であり、希望のすべてです。ただそれを取り上げて、代わりになるものを何も与えてあげないというのは、ひどすぎます。ですから、奥さんの救出を希望している方々に、是非、お願いしたいと思います。よく勉強してください。よく考えてください。「人間はどう生きるべきだろうか。」「正しい宗教とは何だろうか。」「聖書のメッセージとは何だろうか。」
ほとんどの場合、相談に見える家族の本音は、本人が聖書を捨てて、家の宗教に戻ることです。勿論、本人がよく考えて、それが正しい宗教だと納得すれば、それで問題ないかも知れませんが、結局、その家の宗教に満足できないから、そこに本当の解決や救いがないと思ったから、ものみの塔の勉強を始めたのです。ですから、「家族のみんなと同じ宗教を守ってほしい」という、感情論は通
用しないのです。本人の疑問に答え、本人の必要を満たす宗教でなければならないのです。これは、とても重要な点です。
多くの日本人は、宗教と正面から向き合うことをしません。世の中のしきたりや家の宗教を守りますが、なぜそうするのかを考えません。お正月には神道の信者であるかのように、神社に参拝に行くし、クリスマスの時期になると、あたかもクリスチャンであるかのように祝いをするし、教会で結婚式を挙げる人もいるし、死ねば仏教徒として葬られます。しかも、何の矛盾も感じないのです。言うまでもなく、人生の問題を真剣に考える人なら、日本の宗教の在り方に疑問を持ち、必ず、どこかに答えを求めるようになるものです。ですから、現在の日本におけるカルト問題は、日本人が宗教のことを真剣に考えてこなかったことへの代価なのです。
結局のところ、エホバの証人等の問題で、多くの家庭が不幸になっているのは、ご主人になるべき人が、ご主人になっていないからです。つまり、奥さんが自分の主人として、ものみの塔という組織に従っているということです。ここから、すべての問題が発している、と言っても過言ではありません。エホバの証人は、ものみの塔を神の代弁者として慕い求めています。信じています。ですから、ものみの塔の独特の教理を鵜呑みにするのですが、そこで、価値観も、思考パターンも、生活様式もすべて、ものみの塔一色になります。もはや、結婚した当初の女性でなくなっているので、ご主人との関係において、意見の食い違いが生じるし、話が合わなくなります。また、一般
の人が分からない、大切な真理を学んでいるし、神と人のための奉仕の人生を歩み始めたと確信しているエホバの証人は、どうしても、外部の人に対しても、ご主人に対しても、優越感を持つようになります。「あなたは何も分からない。自分勝手な生活をしている」と、ご主人を見下すことも始まるのです。さらに、ものみの塔に深入りすると、現実離れした言動が目立つようになります。「ハルマゲドンが近い」と言って、集会や伝道を最優先し始めます。家庭がおろそかになります。やるべきこと、あるいはやりたいことがあっても、「地上が楽園になってからやれば良い」と考えたり、言ったりするようになります。こうなってくると、ご主人が黙っているはずもありません。言い争いの絶えない日々が続きます。ご主人が忍耐強く、話し合いの場を持とうとしても、なかなか、素直に話を聞いてもらえません。それは、奥さんが自分のご主人として、従うべき権威として認めているのは、ものみの塔だけだからです。また更に、「立派なエホバの証人にならなければならない」というプレッシャーの中で、家族を思いやることができなくなるケースもよくあります。これも、家庭内の摩擦に拍車をかけるのです。
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