この間、インターネットの記事で読んだことですが、これからアメリカで老後を迎える人々の60パーセント以上が、十分な経済的な備えをしていないそうです。彼らは退職してから海外旅行をしたり、趣味に没頭したり、残りの人生をエンジョイしようと思っているのですが、収入が激減するという現実について、真剣に考えようとしません。国から支給される年金で何とかなると楽観的な見方をしている人がいます。しかし、実際には、アメリカ人の場合、年金は必要な生活費の三分の一にしかなりません。あと、自分の親の財産を頼りにしている人もいるし、ずっと七〇歳、七五歳まで働くことができるから大丈夫だと言っている人もいますが、そんなにうまくいく保証はないから、今のうちに貯金することが肝心だと、記事の最後に書かれていました。

 老後のことは、私たち一人一人にとって切実な問題です。インターネットの記事にあったように、できるだけ備えをすることは大切でしょう。しかし、十分にできなかったとしても、神を信じる者には、素晴らしい保証があります。神の約束です。

 「胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう」(イザヤ書46章3−4節)。

 聖書の神は人を「胎内にいる時からになって」こられた主です。神が背負ってくださるのは、過去から現在、現在から未来にかけてです。つまり、人間が自分の存在を意識するはるか以前から、全く未知数の未来にかけて、すべては神の守りの御手のうちにあります。人間の母親は、いつまでも子供から離れずにいるという訳にはいきませんが、永遠に生きておられる主は、いつまでも親の働きを止めることなく、神の民を背負い、担ってくださるのです。「しらがになっても」とありますが、白髪は老人の特徴です。白髪は気付かないうちにやって来て、体力も衰えます。ついには、世の楽しみに何の反応も示さなくなる日が来ます。老人は共同社会にとっても無用、無価値になり、うとんじられます。だからこそ、聖書の中に「老人を敬いなさい」という命令が何度も出て来る訳ですが、例え社会から見離されても「わたしは背負う」と主は保証してくださいます。国の保証よりも、はるかに素晴らしい保証ではありませんか。この4節で、代名詞「わたし」が5回も繰り返されています。そのことは、神がなしてくださるということを強調しています。

 多くの人々が老後生活に対して不安を覚えている今、聖書の約束はいよいよ、大きな力になります。あなたも、「わたしは背負う」と言ってくださる主に、自分の人生を委ねてみませんか。きっと、心が平安で満たされることでしょう。

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