英語で、物を指す時に、「イット」(it) という言葉を使います。「それ」とか、「あれ」という意味になりますが,大きな失礼に当たるので、決して人間に対しては使われない言葉です。しかし、そのような当たり前の礼儀は、ディウ゛・ペルザーさんの家庭では守られませんでした。ディウ゛さんは母親から名前で呼ばれることがなく、いつも、「イット」と呼ばれていました。そればかりではありません。彼は8歳の時から5年間、凄まじいほどの暴力を受け続けたのです。ディウ゛さんはその著書『「イット」と呼ばれた子供』の中で、自分の体験を赤裸々に描いています。学校から帰って来たディウ゛さんは、家の掃除や皿洗いなど、ありとあらゆる仕事をさせられて、まるで奴隷のようにこき使われました。また、決められた時間内に済ませておかないと、夕食抜きにされます。10日間、食べ物が何も与えられないこともありました。学校で、同じクラスの子供の弁当を盗み食いして、飢えを忍びましたが、そのことを知った母親は激怒し、帰宅後に、子供の喉に指を突っ込んで、食べた物を吐かせるようになりました。また、子供が家のゴミを漁っているところを発見すると、わざと腐った肉をゴミに混ぜました。それを食べた子供は、おなかをこわし、1週間、寝込んでしまいました。母親に少しでも口答えをしようものなら、殴る蹴るの暴力は勿論のこと、ガスレンジの上に手を伸ばさせられて、火傷を負わせられることもありました。

 しかし、一番、恐ろしかったのは、「ガス室の実験」が行われた時のことです。母親は風呂場の窓を閉め切ったうえで台所洗剤を混ぜて、有毒ガスで部屋を充満させてから、1時間以上、そこにディウ゛さんを閉じ込めたのです。ガスを吸わないように、子供なりに必死に考えて、あの手もこの手も使いますが、どうしてもガスが体内に入ってしまいます。気分が悪くなり、血を吐いたりします。「お母さん、勘弁して」と叫んでも、反応無し。やっと「ガス室」から出してもらうと,母親は、「どこかの本で読んだから、一度、試してみたかった」という一言。

 13歳の時に、ディウ゛さんはようやく、学校の先生に助けられて警察に保護され、里親の家庭に預けられます。そこで初めて、親の愛というものを経験しますが、心の傷が癒されません。「僕が悪い子だから、お母さんから何をされても当然だ」という思いが、なかなか、消えないのです。「親に反抗して、学校で様々なトラブルを起こすこともありました。しかし、里親の変わらない愛の中で、徐々に、変化が現れます。神の助けを求めつつ真面目に勉強するようになり、高校卒業後,空軍に入隊します。その数年後、パイロットとして、湾岸戦争などで活躍しますが、その傍ら、自分と同じように暴力を受けた子供たちを励ますための、講演活動を開始。その働きが認められ、レーガン、ブッシュ、クリントンの三大統領から表彰されました。そのことは、『「イット」と呼ばれた子供』の続編、『ディウ゛という名の男』の中で紹介されています。

 イエス・キリストはこう言われました。

 「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」(ヨハネ16・33)。

 目を覆いたくなる事件の多いこの頃ですが、勝利者なるキリストを見上げる時に、勇気が出ます。人生に失望があっても、絶望はありません。

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